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私の生まれた家

 

私の生まれた時の家は、明治時代に建てられた平屋建て

たぶん、祖父と祖母が結婚する前に建築された家で、屋根は瓦で外壁は杉皮、母家はお店として機能していた。

車庫が母家の横でその横がトイレでした。外にいかなければなりませんでした。

店は座敷と土間があり裏に納戸と食事する板の間がありました。

祖父母が煙草屋、呉服屋、自転車屋を営んでいたとのこと。

私の父は、祖父の進めもあり静岡商業高校を中退して東京に製パンの勉強に行きパン屋を開いたのです。

家には、母家、離れと工場がありました。

工場の中は、倉庫があり小麦粉や砂糖、バターが置いてありました。

ほかに、パンの生地をこねるミキサー、パンの形を作る作業台(卓球台くらいの大きさ)が2台、ホイロ、そしてパンを焼く大きな石釜が2つありました。燃料はコークスでした。

工場の奥に井戸があり、その横に流し台、その背中側に薪が燃料のかまどが3つ並んでいました。

その一角に風呂桶、すのこの洗い場があったのです。まる見え状態でした。冷蔵庫は工場の隅にありました。

電気の冷蔵庫ではなく、大きな氷を入れる冷蔵庫です。

氷屋さんが運んでいました。

家内工業のパン屋で、朝にはパンを焼き上げ、三輪車の荷台に積み小売店に運んでいました。

 

私が幼稚園の頃、幼稚園に父が焼いたウサギの形をしたおやつのパンが、運ばれてきたことがすごく印象に残っています。

ご飯は、かまどで炊き、おひつに移して、板の間のちゃぶ台で食事をします。

板の間の一角にお鍋を置く場所があり味噌汁などのお鍋はそこに置かれました。

炊事の次は洗濯ですが、洗濯機はありません。丸い洗濯たらいとギザギザの洗濯板です。

掃除はほうきとはたきでした。

一番下の妹が生まれたのが昭和30年、この時の家族構成が兄弟6人、祖父母、両親と叔父さんの11人でした。

 

パン屋は小学生5年生の頃、廃業になりました。その後リフォームをして板の間がダイニングキッチン、電気冷蔵庫となり、

まる見えのお風呂場もLPガスの燃料で工場の奥から工場の手前になり扉のある浴室となり、

店の土間は和室に変わりました。

しかし、住宅の環境の悪さを実感してきた私は、この家が建築家を目指す原点となりました。

 

YoushiroSuzuki

 

 

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